メタラーの逆襲

雑記系メタラーがエモいことを発信するブログ

エモい世界史 オリエント編 Part1

初回となる今回、いろいろと試行錯誤しながらやっていきたいと思います。

・ポイント

古代の人が何をしていたか知る

メソポタミアとエジプトの違いと流れをつかむ

 

・キーワード

オリエント ティグリス・ユーフラテス川 肥沃な三日月地帯 シュメール人 楔形文字 ハンムラビ法典

 

ティグリス川・ユーフラテス川という二つの川に挟まれたこのメソポタミアは今でいうイラクの一部です。

ここでは肥沃な土壌を活かした灌漑農業が始まっていたんですね。

この肥沃な地域はアメリカの研究者ブレステッド「肥沃な三日月地帯」と名付けました。

そしてユーフラテス川流域にはなつめやしが育っていました。

雨が少なく暑いこの乾燥地帯でとれるなつめやしの実は甘くておまけに高カロリー!

年に2回も収穫可能で、実以外の部分は建材など、幅広い用途で用いられていました。

そのおかげか、紀元前3500年ころ、南部を中心に人口が急増しシュメール人と呼ばれる人たちの大村落ができました。彼らは中心部に神殿を建てたりしてたんですよね。

また、シュメール人楔形文字を発明し、これが人類最初の文字といわれています。

この楔形文字は粘土板にアシをあてるなどしてかかれたものでした。

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またこの地域では銅や青銅など金属器が普及したんですよね。

こうして人は文明を手に入れたわけです。大事だから言っておくと、文字と金属器は文明にとって欠かせないものと言えます

前2700年ころ、シュメール人たちの都市国家ウル・ウルク・ラガシュなどが発展しました。(これらは3つの国です。ひとつの長い名前の国だとおもわないでね。)

これら都市国家では雪解け水が洪水をおこすので運河の建設などが必要で、多くの人を動員する必要があったんですよね。そこで王は自らを神の代理人だといい、人々を神の権威を利用することで従えさせようとしました。このような政治は神権政治と言われ、神官や役人などもこの権威を利用しました。つまり当時階級社会が成立しました。

シュメール人の国家は繁栄したんですけど、国家間の戦争で衰えたところをセム語系(現在のアラビア語の仲間)の言語を話すアッカドに滅ぼされちゃいました。

前24世紀、アッカド人の王サルゴン1世が初めてメソポタミアを統一し、このアッカド王朝は200年程度続きました。

ここでやられてばかりいられないシュメール人は再び勢いを増しウル第三王朝を建設します。現在判明してる中では最古のウルナンム法典を作り、ジッグラトとよばれる大きな聖塔をたてたりしてますね。この後シュメール人は歴史で出てこなくなるんですけど文化的なものは受け継がれていきました。

前19~前17世紀ころセム語系アムル人が建てたバビロン第一王朝ハンムラビ王の時代最盛期を迎えました。

彼はサルゴン1世が成し遂げた以上の領域を統治し、領域国家を作り上げ、あの有名なハンムラビ法典も発布しました。

この法典はフランスの調査隊が1901年にスサでみつけたものです。

全282条からなる成文法で、「目には目を、歯には歯を」という言葉で有名な復讐法ですが身分が高い人に課せられる刑罰は軽い、みたいな身分差別があったことも知られています。

このようにメソポタミアでは楔形文字太陰暦の発達、六十進法の考案、占星術、円筒印章、七曜制など比較的実用的な技術・学問が発達していました。

この時代の物語には『ギルガメシュ王の物語』などがあります。

続きはPart2

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