メタラーの逆襲

雑記系メタラーがエモいことを発信するブログ

エモい世界史 オリエント編 Part2

最近世界史を忘れつつあるので復習もかねて書いていこうかなと思います。

 

ポイント

ヒッタイト・カッシート・ミタンニについて学ぶ

 

キーワード

ヒッタイト ハットゥシャ 製鉄

 

前2000年ころ小アジア(今のトルコあたり)の先住民ハッティー人を征服したヒッタイトは、ハットゥシャ(今のボアズキョイのこと)を都にヒッタイト王国を建設したんですよね。

彼らヒッタイト製鉄技術を独占していました。鉄は当時普及していた青銅器と比べてかなり頑丈で、武器として役立ったんですね。当時彼らは製鉄技術は国家機密としていて、貴重な交易品ともしていました。

また、戦争の際に用いる馬車を戦車として保有していました。

これは6本のスポークをもつ二輪のもので、俊敏性や機動性にたけていました。

ただでさえ強い鉄製武器に加え高速移動可能な戦車を持っていたのは彼らにとって大きなアドバンテージになりました。

そしてこれら武器を用いて前16世紀初めころバビロン第1王朝を滅ぼしたり、前14世紀にミタンニ王国に勝利したりしました。

また、前1286年にはエジプト新王国とシリアをめぐって対立し、ヒッタイト王ムワタリとエジプト王ラメス2世がカデシュの戦いを繰り広げました。このカデシュの戦いでは記録上で確認できる最古の講和条約が結ばれていて休戦しています。

ここまではよかったんですけど、前12世紀に海の民とよばれる人々の攻撃を受けその勢力は衰退しました。(海の民についてはまた後に解説します。)

ここでヒッタイトが衰退したことはいろいろとすごいことだったんですよ。

何がかというと、思い出してください。ヒッタイトって強力な武器である鉄の技術を独占してましたね。

そのヒッタイトが衰退したわけだから彼らが持っていた製鉄技術が流出してしまったんです。

製鉄技術はあっという間に各地に広まっていきました。

次にカッシート人について書いていきたいなと思います。

カッシート人って、ヒッタイトがバビロン第1王朝を滅ぼした後、メソポタミアカッシート王国(バビロン第3王朝)を建国した人たちなんですよね。彼らは民族系統は不明なんですけど(カッシート語の資料が少ないため)、バビロンの伝統文化を受け継いでいたっていうこととアッカド語バビロニア語)を使用してたっていうことが分かっています。このカッシート人たちは前16世紀から前12世紀までの約400年間この地を支配したんですけど、前12世紀に、イラン高原からやってきたエラムという人々に攻撃されて滅亡しました。

今回のラストを飾るのはミタンニ人です。

彼らはちょっと面白くて。ミタンニ人ってインド=ヨーロッパ語系で外来の人たちなんですけど、先住のフルリ人コーカサス諸語系の民族で馬を調教する技術をもっていたみたいです)やアムル人セム語系遊牧民)と条約を結びながら統治する形をとっていたみたいなんですね。前17~前14世紀にメソポタミア北部から地中海東岸あたりにミタンニ王国を作って、前15世紀頃にエジプトやヒッタイトと並び繁栄したんですが、前14世紀にヒッタイトに敗れたあと、アッシリアに併合されました。

 

ちょっと覚えておくといいかなと思うんですけど、ヒッタイトもカッシートもミタンニも楔形文字を使っていました。

エジプトについてはまた次回やっていこうと思います。それでは。