メタラーの逆襲

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エモい世界史 オリエント編Part3

第三回となる今回は皆さん大好きエジプトについて書いていきますよ~

 

ポイント

地理的な面がエジプトの歴史の中では重要な要素となる

文化面も注目!

 

キーワード

ナイル川 ヘロドトス 古王国 中王国 新王国 ヒクソス アメンホテプ4世

前後半に分けてお届けしますよ~

エジプトはメソポタミアと並び早くから文明が出現しました。

エジプトは国家が統一されるのがはやかったという特徴をもっています。

エジプトはナイル川が定期的に穏やかな氾濫を起こすので自然の恵みを享受していました。また、地中海と砂漠と急流にかこまれたエジプトはあまり外敵が侵攻してこなかったので、人々は明るく全体的に楽観的でした。また攻撃をくらわないので比較的シンプルな歴史をしています。対するメソポタミアは自然災害や外敵の侵入が容易だったことが原因で人々は暗く、悲観的な文化でした。歴史も複雑になってます。

 

ではより詳しくエジプト史を見ていきましょう。

前5世紀のギリシアにいた有名な歴史家ヘロドトスは次のように言いました。

「エジプトはナイルのたまもの」と。

これはなんぞやっていうことなんですが、解説していきます。

ナイル川って毎年7月にちょっとずつ水かさを増してあふれ出すんですね。

でこの氾濫した水は10月頃にひくんですが、このときに豊かな養分を含んだ土(沃土といいます)が周囲に残るんですね。じゃあここで麦を育てればよく育つじゃんっていうことで、ここで食糧の栽培をするようになったんです。

ちなみになんでゆっくり水があふれるのかというと、大雨が降るのは上流のスーダンで、2000キロもの距離を流れる間に均されるからです。

地理的な部分を見たので次はいよいよ歴史っぽいところに行きます。

 

エジプトは以前いった都市国家っていうのに分かれてたんですが、多数の都市国家が争ううちに、上エジプトと下エジプトのふたつになり、紀元前3000年ころには一つの国家としてまとまりました。ちなみに上エジプトと下エジプトの読み方は「かみエジプト」と「しもエジプト」です。また上エジプトが南側で下エジプトが北側なのも覚えておいてね。メンフィスくらいが両国の境目です。

余談ですがメンフィスを建設したのは第1王朝初代の王であるメネスだといわれています。

統一されたエジプトの王のことをファラオといいます。

ファラオはもともと「大きな家」という意味なんですが、太陽神ラーの子をさします。

神の子なので権威がある、あるいはすばらしいっていうことですね。

第1王朝から前6世紀にペルシアに征服されるまでに26もの王朝が交代であらわれました。めっちゃおおいなオイ。

ここからエジプトの古王国、中王国、新王国の話を見ていきたいんですが、一本の記事に収めようとすると長くなってしまうのでいったんここで切って次の回に細かい部分の話をしたいと思います。