メタラーの逆襲

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エモい世界史 オリエント編 Part4

エジプト回の後編です~

 

まずは古王国時代から見ていきましょう。第3王朝~第6王朝までが古王国時代で、前27~前22世紀ころです。

首都はメンフィスにおかれて栄えたんですよね。

太陽神ラーの子であるファラオによる神権政治が行われました。

王権がどんどん拡大していったということですね。

それにともないピラミッドがたくさん造営されました。

第4王朝はピラミッド時代ともいわれ、ギザにはクフ王のピラミッドなどがあったりします。ほかにはカフラー王メンカウラー王のピラミッドやスフィンクスがあります。

古王国はだいたいこんな感じです。

次の中王国時代の中心地は上エジプトのテーベです。現在はルクソールという名前らしいです。それでここは中王国時代の政治の中心地なんですよね。中央集権的な体制で官僚制を用いたんですが、西アジアからやってきて馬と戦車を使ったヒクソスという人たちにやられてしまいました。ですがこの事件を機にシリアとの交流が増えたりしたみたいですね。ちなみにこの中王国時代は古王国滅亡の混乱を収めたっていう点がすごいかな。教育系も結構盛んで文学作品が多いですよ。前21~前18世紀で第11・第12王朝がこの時代です。

で、ヒクソスに攻撃されたという話をしましたが、第15・第16王朝(前17世紀半ば~前16世紀半ば)はこのヒクソスが建てたものですなんですね。

エジプトとしてはやっぱり外来の人たちに統治されてるのは気分がよくないんでしょう。テーベの王がヒクソスを追放して新王国を作ります。時代としては前1567年~前1085年で、第18王朝から第20王朝までです。首都は中王国時代と同じテーベですね。

第19王朝まではエジプト史上最も華やかな時代だったといえるでしょう。

トトメス3世(位前1479年ころ~前1425年ころ)がシリアに大遠征したんですけど、これによってエジプト史上最大の領土を手に入れたんですよね。

だから古代エジプトのナポレオンなんて呼ばれることもあります。

そしてこれから重要な話をするんでここら辺は意識して聞いてみてください。

アメンホテプ4世(位前1379年ころ~前1362年ころ)というファラオがいたんですがアマルナ改革とよばれる大改革をしちゃうんですよね。彼は、テーベの守護神アモンを祀る神官勢力が王より権力を持ちそうになったのを見てヤバイ!と思ったんですね。

そこで彼は首都をテル=エル=アマルナに遷都して、首都から神官勢力を排そうとします。そして今までの多神教から唯一神アトンに信仰を変えさせようとします。こうすれば神官たちを抑え込めると思った彼は自らイクナートン(アトンに有益なるもの)と名乗りました。この改革によってアマルナ美術とよばれる写実的で開放的な芸術も栄えるんですが、王の死で改革は終わってしまいました。首都も一代限りで放棄されてしまいました。アマルナ美術で彫像になっているアメンホテプ4世の妃はネフェルティティといいます。

ちなみにアメンホテプ4世の次の王はツタンカーメンですが試験などにはまず出題されないでしょう。

その後第19王朝にラメス2世(在位前1304年頃~前1237年ころ)という強力な王が現れるんですが、この王は大王と称されます。在位期間が66年とながくアブシンベル神殿など多数の神殿を建設しました。シリアやナイル上流で金の産地であるヌビアなどに遠征し領土を拡大しました。彼は1286年ころカデシュの戦いヒッタイトと戦っています。実はこれ、どちらの勢力も自分たちが勝ったと記録しているんですよね。実際に優勢だったのはヒッタイトと言われていますよ。

エジプトの歴史的面について書いたので、次回はエジプトの文化について書いていきたいと思います。