メタラーの逆襲

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エモい世界史 ギリシア編 Part1 

はい、今回からはギリシア編を書いていきます。

今までの続きを書いてもよかったんですが、ずっと同じところだと飽きてしまうし年代が進みすぎてしまうのでいったんこっちをやりますよ。

まず古代ギリシア史のなかでも最初に出てくるエーゲ文明をみていきます。

エーゲ文明っていうのは前3000年頃~前1200年頃エーゲ海のあたりに成立した文明の総称のことです。オリエントとかの影響を受けているんですよね、このへんは青銅器なんかを使っていました。エーゲ文明として有名なものにクレタ文明とミケーネ文明があります。

クレタ文明とは

前2000~前1400年頃、クレタ島という場所を中心に栄えた文明です。

この文明はイギリスの考古学者であるエヴァンズがクレタ島クノッソス宮殿を発掘し明らかになりました。クノッソス宮殿は結構大規模ですよ。エヴァンズはこの文明をミノア文明とよんだんですね。ホメロスの物語に出てくるクレタ島ミノス王の名前からつけました。民族系統は不明ですね。

このクレタ島っていう島はギリシア最大なんですが、地中海にあります(まあそりゃあね)。地中海交易の要地として繁栄していたので早い時期から文明が誕生していたんですね。写実的な壁画が発見されていて、イルカとかが描いてあります。あとはタコの壺絵とかね。

クレタ文明のポイントとしては

・大規模な宮殿が発見され、そこから強大な力を握った王の支配があったと推測されること

平和的性格を備えた海洋的文明をもっていた。

自然災害やアカイア人の侵入により衰退・滅亡した。

環境破壊が結構すごい島だったみたいですね。やっぱりほかの島でも環境破壊によって滅んだりすることがあります。

次はミケーネ文明です。

前1600~前1200年頃の文明です。ドイツの考古学者シュリーマンギリシア本土のミケーネ・ティリンスを発掘しました。シュリーマン小アジア(トルコらへん)のトロイア文明も発掘しますね。

ミケーネ文明は前2000年頃にやってきて定住したアカイア人ギリシア人の一派)が南下してペロポネソス半島というところに作りました。(地図とかで場所を確認してくださいね)

ここの王は官僚制を使っていました。農民から貢納をとっていました。

ポイントは

巨石を使用して作った城塞戦いの様子を描いた壁画が見つかっていて、軍事的な要素の強い文明だった。

・強力な権力をもった王が軍隊や官僚制を使い専制体制がとられていた。

前1200年ころ滅びた

ということです。

ちなみに滅亡の原因なんですがこれは諸説あります。

ドーリア人の侵入説、海の民による攻撃説、気候変動説などです。

こんな感じでエーゲ文明は滅びてしまいましたが、このころオリエントはヒッタイト・ミタンニ・カッシート・エジプト新王国の時代ですよ。

で、文明が滅びたっていうことは文字が使われなくなったということです。

エーゲ文明で使用されていた文字は3種類。絵文字と線文字A、線文字Bです

前2つは未解読、線文字Bギリシア系です。

文字がない時代はこの後400年ほど続きます。この時代はめっちゃ混乱してたんですよね。いきなり滅亡してしまったし、人口も減少、交易も途絶えたんですよね。貢納とかない分はラッキーですが。そしてこの混乱した時代を暗黒時代といいます。中二病みたいな名前ですね。この時代にドーリア人に追われてしまった先住民であるギリシア人は移住します。そうするとだんだん方言とかが出てくるようになります。こんな感じで方言とか住んでるところとかの違いでイオニア人、アイオリス人、ドーリアに分かれます。アカイア人について書いてある教科書もありますね。

 

それではここで発掘に尽力した考古学者についてみていきます。

シュリーマン(1822~90)

古代ギリシアホメロスの抒情詩の内容を信じてトロイアの発掘を夢見ます。

実際にトロイアやミケーネ文明の発掘に成功して見せます。

発掘のためにシュリーマンは語学をめちゃくちゃ勉強して、商売にも成功しました。

情熱がすごくある人ですね。

エヴァンズ(1851~1941)

クレタ文明のクノッソス宮殿跡を発掘します。

線文字が刻まれた粘土板を見つけました。

ヴェントリス(1922~1956)

線文字Bを解読したイギリスの建築家です。

この文字がギリシア語を表していることを発表しましたが交通事故により34歳で他界しました。

 

今回はだいたいこんな感じとなります。

今までオリエントを書いていた分ギリシアギリシアなりに説明が難しいなと思うところがあります。なかなか古代史は難しいところもありますが復習を欠かさずに頑張ってください。