メタラーの逆襲

雑記系メタラーがエモいことを発信するブログ

完全な人たちと不完全な私たち

最近はテレビではすごいものを特集する番組が多いと思う。(入力ミスですごい斧を特集しているとやってしまったのはここだけの秘密だ)。

例えばこの間は天才数学者の特集をやっていた。天才大学生たちが集まる企画もよくやっている。あるいはアスリートが出てきてかっこいいプレーを流したりとか。あとは日本の偉人や文化・伝統などの良さについてやっている番組も結構あるでしょ。そんな感じで今の日本人はどこか天才を欲しているんだと思う。天から才能をもらった人と書いて天才。もちろんこういった人たちは努力の量も並大抵の人が追いつけないくらいにすごい。だけど努力とかセンスとかっていうよりまあ結果をみてすごかったら天才って言ってるよね。そのくらいのアバウトなイメージで語っていきます。

基本的にいつだって液晶の画面に隔てられた私たちは不完全だ。そのほとんどが何者にもなれていないんだと思う。だから毎日がなんだか楽しくなかったりくすぶっていたりする。そんな私たちの日常でなかなかお目にかかることがない存在、それが天才だ。

彼らはまるで私たちのことは視界に入っていないかのように自分の路線を貫き通す。

そういう姿勢がまたカッコよく映ったりする。私たちは変わり映えのしないこの毎日を少しでも飾るために天才というインテリアを画面を通じて入手する。

そしてそういう彼らと同じ時代を生きていることや同じ空気を吸っていることに満足をする。中には自分もああなりたいと思う人もいるかもしれない。それで行動に移す人は絶滅危惧種くらいまれな存在だと思うけど。

こうして私たちは自分の代わりにすごいことをやってくれる人を見つけて誇らしげにする。

自分で何かをしなくても彼らが私たちオーディエンスを湧かせてくれるのだ。

でもどうしても天才にあこがれる気持ちはわかります。やっぱり普通の人とは何かが違う魅力をバンバンに放っているのでね。好きにならざるを得ないと。

この記事を書いている私もそういう天才たちを尊敬したりするしちょっとあこがれている部分があります。きっとこういう人たちを超えて輝いて見せるって思ってたりすることもあります。

多分この記事を見てくれているあなたにとっても憧れのスーパースターみたいな人がいるでしょう。いつか追いついて追い越したいような存在が。

私たちは不完全なことをきっと自覚しているし、それでも天才にあこがれていつか画面の向こう側に行こうと努力を積み重ねているんだと思います。

そんなわけで私も何者かになれるまでがんばっていきたいと思います。それでは。