メタラーの逆襲

雑記系メタラーがエモいことを発信するブログ

エモいという言葉は感性を低下させるのか?

先日寝起きにスマホを眺めていると次のような記事が目に入った。

www.businessinsider.jp

当サイトでは若い人たちの独習用にと思い「エモい勉強シリーズ」という企画をやっているが、これを見た寝起きの私は機嫌が悪かったので、落ち着いてみられるまで待っていた。

そんなわけで寝起きによる気分の影響を排したところで、この記事に書いてあることを見ていきたいと思う。別に賛同や批判をしたいわけではないし、単純に思ったことを書くだけなのであまり気にしすぎないでほしいなと思う。

・「エモい」という言葉の汎用性

たしかにこのエモいという言葉は便利である。140字に限られているときとかLINEみたいにできるだけ速く返信したいときとかに非常に便利。私としては日常会話でこの言葉を使用する機会はあまりなく、ウェブ上でのみ使用する。(それもこのブログ以外では書いたことがない)

この記事の中では10代女子がこの言葉を多用するとなっているようである。私は10代の女性と接する機会が多々あるし、会話の内容も聞こえてくることが多いが、正直に言ってエモいなどと言っている人をリアルの世界で見たことはない。どちらかというとSNSへの書き込みで使われるイメージがある。

・流行語に依存する若者たち

SNSでの使用はまた別だと思うので後述する。多分街中で流行語ばかり使って歩いているような人たちは普段から使用する単語の数が少ないし、こういう人はいつの時代もいるものだ。こういう人たちは「優美」だとか「悲哀」だとか、感じたことを表すそういった言葉を日常的には話さないかもしれない。

多感な時期である10代をこのように過ごすのはどうなのかと思う人も多いかもしれないが、漠然とした将来への不安を抱えている若者にこのような話をしたところであまり効果はないと思われる。(そもそもこういったウェブメディアに接する機会がないし、見たとしてもどうやってそういった流行語依存の状態から脱すればいいか、そういう方法がわからないのである。)

彼ら彼女らはすでに目の前にたくさんの問題を抱えている。

友人との関係であったり家族との不和であったり自らの進路のことであったり自己実現・自己表現についてだったり・・・

こういった「自分の力ではどうにもならない問題」を抱えている若者たちに社会問題をはじめとする様々な出来事について意見や理解を求めるのは酷なのではないか。自分の目の前で起こっていることの対処で手一杯なんだと思う。楽しそうにしているように見えるかもしれないが心のキャパがギリギリなのである。そういった不安を明確なものにしてしまうといよいよ心の余裕もなくなってしまうだろう。そうしないためには流行に乗っていたほうが気持ち的にもきっと楽なのだ。確かに思考力を奪う場合もあるかもしれないが、それが間違いだとは一概に言い切れない部分がある。それにこうした若者たちは次第に自己表現の方法を確立していくので、心配も杞憂である。

・「感性」と「語彙力」のある人は「エモい」という言葉を使わないのか?

私は語彙力という言葉は響きがあまり好きではないのだが、確かに便利であるし、多分伝わりやすいだろうからここではこの言葉を使うことにする。

ではこの問題についてみていきたい。

語彙力がある人というのはたくさんの言葉を知っている人ということである。

またそれらの言葉を自在に操れる人ということでもある。

そういった人たちはこの言葉を使用しないかと言われたら、そんなことはないと思う。

彼らは普通にSNSなどで使っている。

普通にたくさんの言葉を知っていても、時にこの言葉を選択することがある。

それは若者特有の「何か」を感じ取ったときである。感性が鈍かったら感じ取れないアレである。みなさんも感じたことがあるかもしれない。

若者特有のものは後々年齢を重ねたとき失われる部分と失われない部分があって。

これは単純に年齢だけに影響されている部分と、その世代が感受性豊かな時期に起こった出来事に影響を受けている部分とあるからだ。

わかりやすく言おう。バブル期に就活をした世代とバブル崩壊後に就活をした世代では世の中に対して感じていることも違うし、世の中を見る目も異なる。

いたって当然のことだろう。

これをそのまま世間の若者とそれ以外に拡大したら同じことが言える。世代や年齢、環境によって世の中のどこを見ているかは変わる。

そうなれば若者にしかわからないものがきっとあるはずだ。

漠然とした状態の感情は名前を付けなければ表現の舞台に現れることはない。

これを言葉をたくさん知っている人が「たくさんの難しい言葉」でこねくり回したって、きっとそれは本当に感じ取ったこととは乖離している。素に近い状態で表現したほうが人の心を動かせる。

そういった若者特有の機微を表せる言葉が「エモい」である。

こういった言葉は単純に「エモーショナルなこと」という風に定義できるわけではない。言葉は担い手の状況によって何重にも意味が変わる可能性を持つし、若者は若者からの理解や共感を求めているのでこれらの言葉を当事者以外が正確に把握するのは不可能なのではないか。

そうすると○○という言葉は避けたほうがよくて○○という言葉なら賢そうに見える、などと考えるのは不毛だといえる。

たくさんの言葉を知っている人は必要に応じてたくさんの言葉を使い分ける。そのレパートリーに「エモい」という言葉が追加されただけである。

たくさんの言葉を使ってほしいというのはわかるが、時にはこういう言葉をストーリーテリングでの場合も含め使い分けることは重要となる。先ほども言ったが若者にしかわからない機微があるからだ。

こうやって見ていったように、あまり言葉を知らない人もたくさんの言葉を知っている人も一定数は必ず自己実現の方法を確立していくのであまり気にしなくていいと思うし、周りが突っ込むようなものでもないなと思った。

ここからはおまけとして、どうやって使える言葉を増やすかということも見ていこう。

・まずは余裕をもつ

人間余裕がない状況で出る言葉は限られるはずだ。

だからまずは余裕をもてるようになるにはどうしたらいいかを考えてほしい。

・古典や名作に親しむ

もちろんあうあわないはあるが、これらの作品に触れると自分の中で評価の基準ができてくる。自分が何を見たときにいいと思うかを知っておくと自己表現も容易になるかもしれない。

・実際に発信する

もちろん賛成も反対もあるとは思うが、とりあえず書いてみることをお勧めする。

知識は使うことでより定着する。知識は時に便利な道具にもなるし、人生を豊かにする上ではあるに越したことはないので意見を書いてみよう。

 

こんな感じでネットで話題になっていた記事に対して思ったことを書いてみました。

まとめると

・10代特有のものはその世代にしかわからないのであまり周りが何をいっても仕方ないと思った

・どんな言葉も時と場合に応じて使い分けることが大事だから、特定の言葉を避けるなどというのはあまり効果がないと思った

・そうはいってもたくさんのことを知っていると人生が豊かになるかもしれないので、できればとりあえず今までと違うことや好きなものを発信してほしい

 

という感じです。

自分が書いた文にしては結構長めの分量となりました。

こういう記事を書くのは初めてだから慣れない部分はありましたね。

あの文を書いた方は、AI化の時代におけるストーリーテリングでは感性を磨いた人が有利になるので若者にそういった能力を身に着けてほしかったんだろうなと思います。

私はちょっと違う見方になりました。ただエモいという言葉ややばいという言葉を避けるのではなく、たくさんの言葉を知ったうえで有効な選択肢として「エモい」というカードを切ってほしいなと思います。

まあ面白い経験になったかなと思います。

勉強についての記事を書いているので、感性を磨きたい人はどうぞチェックしてみてください。

tommetal.hatenablog.com

それでは~。