メタラーの逆襲

雑記系メタラーがエモいことを発信するブログ

音楽という文化の未来

今回はいつも以上に真剣だ。

音楽はビジネスである以前に文化だ。

発展性のないものは文化とは言えないし、

継承されないものもまた文化としてはダメなのだ。

若者が担い広げていくもの、それが文化だ。

伝統工芸などを見るとよくわかるが、

形式を重視しすぎると衰退する。

しかも伝統工芸品は一般人にとって負担になるような価格だ。

 

いままさに音楽が同じような状態になっている。

お偉いさんは頭の固いおじさんばかり。

旧時代のまま進化していないのだ。

そういうおじさんが若いミュージシャンをみていろいろと言っている。

愚かだ。感性のアップデートに失敗したおじさんに惑わされるな。

若い感性を信じろ。おじさんはもういらない。そういう時代だ。

音楽というのは文化だ。

若者に聞かれなかったら衰退する。

私の好きなメタルもそうやって権威化して沈んでいった。

30年以上も前に。ハードロックもだ。おじさんに媚びたら失敗したのだ。

メインストリームの流れを見て、30年以上も死んでいる音楽なんてなかなかない。

60年代70年代のロックはたびたびリバイバルが起こるし、

テクノもサカナクションなどがリバイバルを起こした。

パンクも形を変えつつではあるがスピリットは継承されている。

ポップスもたびたび昔はやったものが再び話題になる。

シティポップやサイケだって、ラップだってオルタナだってリバイバルに成功した。

ブラックミュージックもだ。

今やばいのはミクスチャーとハードロックとメタルくらいではないだろうか。

しかしミクスチャーはまだ若者の間で流行っている。

もうハードロックとメタルはダメだ。少なくとも今のままじゃ。

ここから改革していく必要がある。BABYMETALが孤軍奮闘しているよ。

メタルも文化だ。

古い考えを改めるべきじゃないだろうか。

古いものは淘汰されるし、淘汰されたからメインストリームから消えたのだ。

いつだってそうだ。

文化というものに携わる以上、目先の利益なんかよりスピリットを大事にしてほしい。

そうすれば利益は後からついてくる。本当だ。

 

若い人には正直音楽を聴いてほしい。

ただでもいい。

若いうちに音楽を聴かなかった人が年を取ってから音楽を聴くなんてこと、

絶対にない。

だから。今のうちに聞いてほしい。たくさん。

本当に音楽が好きならビジネスライクな考えは捨てるべきだ。

できるだけ文化としての音楽を維持できるように、

バンド側も削れるところは削ろ?出費を減らすんだよ。

そうすれば稼ぎは少なくてもやっていける。

だから工夫してほしい。

 

音楽は年を取ってからでも聴けるが、年を取ってから好きになることはない。

スポーツと同じだ。

だからうるさい大人のことなんか気にしないでどんどんただでもいいから聴いてほしい

がんがん音楽を聴いておしゃれになってくれ。

カッコよくなってくれ。

未来を担うのも文化を担うのも若者なんだ。頼んだよ。

 

(この記事は非常によくアクセスされているようだ。

じつはこの記事には続編がある。

私は目先の利益ばかり追い求め権利関係を厳しくしすぎると、

かならず文化は衰退してしまうと思う。

多くのミュージシャンがジャスラックの在り方に苦言を呈していることからも

それは明らかだろう。

最近は違法のアプリが台頭してきた。

もちろんそれはいけないことだとは思う。

だけど、ちょっととらえ方を変えてみてほしいのだ。

おそらく音源が無料になる時代というのはもう避けられない。

音楽の価値やあり方はいま変化の途中にあると思うのだ。

だとすれば。ただ時代の流れに文句を言うのではなく、

柔軟に立ち位置や考え方を変化させる必要があると思うのだ。

これを考え直すいい機会だと思って改革に取り組んでほしい。

そうしないと、おそらく音楽は文化としてダメになってしまう。

音楽業界にはまだかなり改善の余地がある。

音楽の価値とは音源の価値なのだろうか?

わたしはそうではないと思う。

(音源の価値をもって音楽の価値だというならグッズやチェキとか売ったり握手しているミュージシャンに価値はないことになってしまうよね。それじゃおかしい。)

レコードが出たときだって、ライブの良さが損なわれるだの、

価値が薄まるだのと批判した人はきっといたはずだ。

CCCDキングレコードが導入したとき、いろいろと議論がおきた。

でも結果CCCDは失敗した。

権利を守ろうとしすぎたからだ。ではこの失敗で音楽の価値は薄まったのだろうか?

いや、実際には音楽は発展してきた。

むしろ音楽のいいところはコピーができるところにあると思う。

絵画みたいに複製が不可能だったらここまで一般的なカルチャーにはなってない。

(生しかなければ文化としてここまで発展しなかっただろう。利益追求じゃだめだ。

だからもっとだれもが聴けるようにしていきたい。そうすることで発展するのだ。

音楽を絶対に一部の人たちのものにしてはいけない。それは強く感じる。)

私は音楽がもっとファッションとも連携していけば、

音源の価値が薄まる時代に対抗できると思う。

だって、音源はデジタルデータなのだ。

複製が可能。

だけど現物や体験は他のモノには代えられなかったりする。

だから複製可能なものにコストの比重を置くのはどうなのかな?

と思ってしまう。

また、バンドは無駄なコストをかけすぎている。

そういうのも削減する努力をしたらどうか?

 

そうすればまだ音楽はやっていけると思う。

古い価値観にとらわれているのに、違法だのなんだのと騒ぐのは違和感がある。

改革したうえでだめならそのときはじめて言うべきじゃないのか?

まだいくらでも努力の余地は残っている。

しかも多くのミュージシャンはぶっちゃけきわどい音源を聴いていたりする。

言わないだけだ。

 

だから最近の風潮には違和感しかない。

あのアプリの問題があるとすれば二つ。

・購買層が非購買層となる

・反社会的な集団に金銭が流れる

(あとは全音源のアップは海賊版で育ったプロもさすがに顔が真っ青になるだろう)

 

だけど、あのアプリをもとからの購買層が使っているとは全く思わない。

私の周りのミュージシャンや沼ってる音楽ファンであのアプリを使っている人はいない。

だからあのアプリによって購買層が非購買層に変化することはなさそうだ。

どちらかというと、将来の音楽好き予備軍みたいな人が使っているんだろう。

だとすれば使わせておけばいいと思う。

現段階では購買層ではないのだから。そのうちお金を使ってくれるようになるから。

音楽聞き始めの若者がいきなり音楽に金を使うなんてありえない。

いつの時代もそう。

ある程度音楽を聴いてからお金を使うのだ。

あのアプリがでてきてミュージシャンは消えたか?違うよね。

メジャーもインディーズも別に消えたミュージシャンはいない。

多分あのアプリが消えても利益は増えないと思うんだよな。

ただ、徐々にあのアプリを排斥することが必要だと思う。

権利に厳しいやり方は嫌いなので、そこのバランスが難しいが。

決して過激なやり方ではいけないと思う。

個人的には二つ目の問題が大きいように思う。

ここら辺のことについて下記の記事で書いているから見ていってほしい。

 

tommetal.hatenablog.com

 

)

 

 

tommetal.hatenablog.com

 

 

tommetal.hatenablog.com

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